【 無線化講座が「本」になりました 】ムセンコネクト著書『Bluetooth無線化講座』出版決定

Bluetooth AoA 方式採用の位置測位サービス実用化で広がる位置情報活用

皆さん、こんにちは。ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の中島です。この度、ムセンコネクトの無線化講座で技術解説記事を掲載させていただくことになりました。

今回はその第一弾として、弊社で実用化した「Bluetooth AoA方式による位置測位技術」について解説します。

目次

高精度な屋内位置測位サービスが求められる背景

近年、GPSに対応したデバイス、スマートフォンの普及により位置測位技術およびそれにより取得された位置情報は人々の生活を便利で豊かなものにしたり、ビジネスをより効率的に推進したりするようなさまざまなサービスに活用され利用が拡大しています。

しかしGPSの届かない屋内での位置情報についてはWi-Fi、RFID、Bluetoothセンサ等の無線技術を目的にあわせて選定することで導入は進められているものの技術的・経済的な制約によりニーズに対応出来ない場合があり、更なる技術革新が求められています。

多くの人にとって働く場所である屋内空間での位置情報を活用することは働き方改革や業務効率化への貢献が期待できるため、さまざまな業界で必要とされています。その中でも特に需要が多いといわれながら導入が進まない領域として製造現場があります。

製造現場では製造ラインの配置、作業台の大きさ、装置の配置や間隔などから必要な精度が1m以下とされますが既存の技術では対応が難しく、ニーズがありながら導入が広がらない要因の一つとされています。

Bluetooth AoA方式の登場と実用化

前述のような状況の中で登場した Bluetooth 5.1 追加機能である方向検知機能はアレイアンテナを用いてBluetooth信号の方向を特定する機能であり、屋内での高精度な位置測位技術をより身近なものとする新たな可能性をもたらしました。

例えば方向検知機能の一つであるAoA方式では発信機から発信されるBluetoothの電波をアレイアンテナが搭載された受信機で受信し到達角度が得られます。この角度を用いて位置を算出することで従来の電波強度から位置を算出するよりも理論上高い位置精度が期待できます。

しかしこの技術を実用化したサービスは世界でも数少なく、国内唯一の実用サービスはピクシーダストテクノロジーズ株式会社(以下、PxDT)が提供するAoA方式採用の位置測位サービス hackke のみとなっています。

hackkeはアレイアンテナを搭載したロケータとBluetoothの電波を発信するタグから構成され、追跡したい対象に搭載されたタグからの電波を天井などに取り付けたロケータが受信しクラウド上で位置を解析します。

PxDTで開発した独自アルゴリズムは1m以下の高精度な位置情報を安定して提供することができます。

その結果として得られた対象の位置をウェブブラウザ上でリアルタイムに表示/検索したり、位置情報の履歴を動線プロット、ヒートマップなどの形で表示したりすることが可能となっています。またウェブAPIで連携すれば情報を他システムで活用いただくことも可能です。前田建設工業株式会社 東京建築支店などに実際に導入され運用されています。

図1 hackkeシステム構成図

Bluetooth AoA方式採用の位置測位サービス実用化までの道のり

Bluetoothの方向検知機能を利用した位置測位サービスを開発するに当たり、高精度化は大きな課題でした。実際の環境にはノイズがあるため単純なアルゴリズムでは実用に耐える高い精度を実現することは出来ません。PxDTでのhackke実用化までの道のりをご紹介する中で、この課題をどう克服し実用化に至ったのか解説いたします。

PxDTは波動制御に強みを持つ筑波大学発スタートアップ企業です。光、音、超音波など波動にまつわる研究開発で実績を積んできました。

図2 PxDTの取り組む研究開発・事業化の展開領域(2022年12月版PxDT会社紹介資料より)

そのためBluetoothの電波も過去に扱ってきた波動制御の延長線であり、Bluetooth AoA方式を採用して位置測位サービス開発に取り組めば短期間でコロナ接触状況の可視化などにも役立つサービスとして提供可能だろうと考え、2020年8月ごろ開発に着手しました。

最初の難関はロケータで受け取った電波のデータを処理し、クラウドに送信する部分でした。実用上は多くのタグが環境に存在することが考えられるため、ロケータでは受け取った電波のデータを高速に処理しクラウドに送信する必要があります。組み込み機器というリソースの制限されたデバイスでも実行可能なアルゴリズムを開発することでこの課題に対処しました。

また、クラウドに送られたデータの処理でも難しい部分があります。複数のロケータから送られたデータを統合しタグごとに位置を算出しますが、大量のデータを扱うため円滑に順次処理を進める工夫が必要でした。この課題を解決し5か月程度で位置が算出されるようになりました。

図3 タグ40個を1か所に集めての測定
まとめて置いていても40個それぞれを位置表示することができました

しかし位置は算出されるものの全く値が安定しない状態でした。これは実空間上では空間に飛び交っているさまざまな電波による環境由来のノイズの影響とタグから発信されたBluetoothの電波自身が壁や床、棚などの什器に当たって反射したため生じるノイズの影響があり、それらのノイズを含んだ情報から位置を算出していることで情報の信頼性が損なわれているものと考えられました。

理論と現実との間を埋めるのは実データの取得と分析による対応しかありません。信頼性を高めるためにシステムを実際に動かしながら検証を進め、測定条件と実データの情報を収集し分析しアルゴリズムの最適化に反映させていきます。

例えば、障害物のない実験用の広いスペースではなくPxDTの実際に人が働いているオフィスで実験したり、金属の壁を障害となる位置に意図的に配置して測定したり、トイレでデータをとってみたこともありました。ロケータの間隔や配置、設置角度を変えるという設置についても変数が多いためいろいろな条件で検証を重ねる必要がありました。

図4 PxDTオフィスでの検証
設置したロケータを有効/無効で切り替え何個のロケータをどう配置するのが効率的か、
また動的な特性;人の移動が実際にどのように見えるのか測定し最適化を進めました

信頼性を高める中で位置を解析するアルゴリズム自体の最適化に加え、そのアルゴリズムにどういう情報を採用して位置を算出させるかに関する工夫も考案しました。これは図5に示すようにロケータの探索する範囲をあらかじめマップ上で定義しておき、タグからの電波が届くすべてのロケータの情報を採用して計算するのではなく信頼性が低いであろうロケータからの情報は位置の算出に用いないという工夫です。これにより精度を高めることができます。(特許出願済) ウェブブラウザ上の管理画面で設定・変更できるため、実際に運用していく中で間取りや障害となるような棚・装置などの配置の変更があった場合に簡単にその変更を反映させることができます。

図5 信頼性の高い情報のみを位置算出に用いることで精度を高める工夫

実データを条件を変えて測定評価し改善するという地道な作業を2~3か月サイクルで2回3回と繰り返し、平均誤差1m以下の高精度でばらつきの少ない位置測位を実現するに至りました。

期間としては約1年、6度の試作を経て現在の製品/サービスを作り上げたということになります。サービス提供開始に先行する形で前田建設工業株式会社 東京建築支店に導入を開始し、2022年1月導入完了。同タイミングでhackkeの位置測位サービス提供を開始しました。

現在は顧客へのサービス導入やPoCを進めながら、さらに幅広い環境に対応できる位置測位サービスを目指し更なる技術開発に取り組んでいます。

hackkeで広がる位置情報活用

hackkeを導入した前田建設工業株式会社ではオフィスでhackkeと連携したアプリを用いて人探しをしたり、俯瞰的に誰がどこにいるかを確認したりするなど座席管理に活用いただいています。またhackkeの高い精度は人ひとりの所在、座席レベルでの解像度でオフィスの利用状況を分析できるため、その結果を活用してレイアウトに反映させるなどより働きやすいオフィスにするための取り組みを進めています。

図6 前田建設工業株式会社 東京建築支店
https://pixiedusttech.com/news_20220125/

加えて冒頭に述べた通り製造現場などの高い精度を要求される現場に導入できるようになることで更なる位置情報活用が期待されます。

少子高齢化が進む日本の製造現場では製造ラインの自動化などにより省人化・効率化が進められてきました。その一方で変化する市場に対応するための柔軟なものづくり、多品種少量生産への対応も求められています。結果として人が介在したほうが効率の良い業務が現場に残存し、一人ひとりの役割の重要性がむしろ高まっているとも言えます。

しかし人の作業や人が柔軟に対応する中で自由度高く配置を変えるモノの管理などはデータ化しづらい領域であり、DXの取り組みの中で取り残されてきました。

hackkeは製造現場での柔軟な人の役割を位置情報としてデジタル化することによってDXの枠組みの中に人の作業を織り込んで更なる効率化や生産性向上に貢献するだけでなく、人の働きやすさにも配慮した環境作りにも役立つでしょう。

まとめ

屋内での位置情報の活用は働き方改革や業務効率化などにおいて多様なニーズのある領域でありながら、例えば製造業などの高い精度を求められる場合には適した技術がなく導入が広がらない背景がありました。

そのような場合に理論上高い精度が期待できる技術であるBluetooth AoA方式ですが、実用に耐える高精度を実現するには実環境上のノイズをいかに扱うかが重要であり、実データを取得しての検証とアルゴリズム最適化、技術的な工夫が必要でした。

PxDTは技術課題を克服し導入しやすい高精度な位置測位サービスhackkeとして実用化しました。この技術によって可能となる誤差1m以下の高精度な位置情報は多くの人にとって働く場所である屋内空間で位置情報活用の可能性を広げ、業務効率化や製造現場でも適用できる働き方改革など日本のDX推進に貢献してまいります。

高精度屋内測位 hackke ウェブサイトは こちら

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